縁奇縁





















それは俺が一年生の時。

関東大会の決勝戦を従兄弟の侑士一緒に見に行っとったんや。

立海vs氷帝の一戦。

その、シングルス3の試合にアイツ、跡部景吾が居ったんや。






あの時はもっと髪も長くて、身長も小さくて…。

異国のお姫さんみたいやった。

ふわっ、とその蜂蜜色の髪の毛を風と踊らせ…細い手足、白い肌、ラケットを握るその細い指。

本当に、どこかの童話に出てきそうなお姫さん。

けれどもそのブルーの瞳だけは闘志に燃え、獣のように黄色のボールを追っとった。

一目惚れやった。

隣に居た侑士も同じ気持ちだったようで…。

「綺麗な脚やなぁ〜」なんて中学1年生らしからぬ感想言うとった。

もちろんアイツの目を見たら分かる。

綺麗やと思うとるんは脚だけやなかった筈や。

…確かに脚もしっかり見とったようやけど、その目はお姫さん全体を写し、しっかりと焼き付け様としていた。





そして、俺も…。
















それからしばらくして、侑士の方にあの氷帝学園からのスカウトが来た。

それが1年の冬頃で…。

しめた、とばかりにさっさと侑士はその話に乗って東京に行きよった。

せめて春まで待たんかい、なんて心の中で突っ込んだ。

確かに侑士はあれからずーっと跡部の事を考えとった。

「東京行きたい、東京行きたい」なんてずっとぼやいとったし…。

けれどもなぁ、俺だってもう一度直接跡部に会いたかったんや。

こんな雑誌じゃなくて、直接…。




転校してから侑士は毎日メールを送ってきた。

内容はもちろん跡部の事。

跡部は今日学食やったとか、体育服姿の跡部はカワエエとか。

初めは侑士が変態になってもーた…って嘆いとったんやけど。

それでもやっぱり好きな人の情報は嬉しかった。

たまにメールと一緒に送ってくれる写真にも心をときめかせた。

そん頃になったらもう侑士が変態だのストーカーだのいう事はどうでも良くなった。

冬の間に彼は長かった髪を切ってしまったみたいやった。

少し残念やったけど、それでも彼が可愛い事には変わりない。

俺の中の跡部を想う気持ちはますます大きくなっていった。




































「…はぁ。何やっとるんやろ、俺」

呟いた言葉は人ごみの騒音に掻き消された。

謙也の今居る現在地は東京の街中。

時期は夏の直前。

そして、目的は…。

「東京の地理も知らずに適当に来たけど……」

こんなんで、跡部に会えるわけないやんなぁ。

口の中でそう呟きながら、ゆっくりと足を前に出した。

人ごみを掻き分けながら行く当てもなくふらりふらりと視線をさ迷わせながら前へ前へと進む。

こんな遠くまで来て何もしないで帰るのもなんだ、と謙也は適当に女でもナンパしてみるか。

そう考え適当な女を探しはじめた。




ふと、何かに惹かれるように後ろを向く。

丁度後ろにあったのは木造のベンチ。

そこに腰掛けていたのは…。





「あ、跡部…っ!?」






その声は思っていたよりも大きく、この雑音の中でも彼に届いたらしい。

薄めの文庫本を開き、読んでいた彼ー跡部は名前を呼ばれた事に反応し本を閉じて謙也を見た。

「…誰だよ、お前」

目の前の男に明らかに不審そうな目を向ける。

それでも今の謙也にはそんな事は全く関係が無かった。



ーうわぁ…本物や!やっぱ、綺麗な子やなぁ…



久しぶりに見た跡部は、あの頃と変わらず可愛らしかった。

しかもココに居るのはプライベートのようで、私服姿だった。

その格好もまた何とも愛らしく…。

謙也は神に今すぐお祈りしたい、そんな衝動に駆られた。

「え…えっと、俺は忍足謙也ちゅーんやけど……跡部景吾やろ?」

「忍足…?」

「そっちの学校に冬頃に転校してった忍足侑士の従兄弟やねん!」

よろしゅうなー!などとさっさと自己紹介を済ませてしまう。

跡部の方も忍足の従兄弟だと知り、緊張していた心を和らげた。

「で?その忍足の従兄弟が何の用だよ」

その言葉に謙也はどうしようか、と悩む。

これと言って用事は無い。

むしろ勢いで跡部の名を叫んでしまっただけなのだから。

けれどもこのまま何もないからといってサヨナラしてしまうのは勿体無い。

悩む謙也の視界に小さなカフェが飛び込んできた。

「あ!せっかくやしあそこで少し話せぇへんか?」

「え…?あぁ、別に良いけどよ」

チラ、と跡部が一瞬腕につけていた時計を見たのが少し気になった。

しかし今はそれを尋ねるより先に誘いに乗ってくれたことで謙也の心は狂乱していた。

「ホンマに!?嬉しいわぁ〜!ほな、早行こか」

しっかりと跡部の腕を掴み、半ば強制的に立たせれば近くのカフェに連れ込む。

ウェイトレスの女の子が二人の様子に不思議そうに首を傾げながら窓際の席に案内してくれる。

適当にコーヒーを二つ頼むとウェイトレスはにこやかに会釈し、その場を立ち去った。

「コーヒーで良かったか?」

「あぁ、何でも良い」

「ま、頼んでもぉた後からじゃ遅いけどな」

「それもそうだ。…で、お前は俺をここに連れてきて何がしたかったんだ?」

頬杖を付き、面倒臭そうに跡部は謙也を見つめる。

目の前のにこにことした笑顔はどこかコイツの従兄弟にそっくりだと思う。

外見はそれ程似てるとは思わないが、なるほど確かに血は繋がっているのだと跡部は変なところで感心してしまう。

「そういや…さっき時計見とったやろ?何か用事でもあるんか?」

運ばれてきたコーヒーを一口啜る。

「お前じゃない…もう一人の方の“忍足”と待ち合わせしてるんだよ」

「…へぇ侑士と、なぁ」

ピクリと謙也が反応する。

従兄弟の侑士がこんな休日に待ち合わせをして出掛けるほどに仲良くなっていただなんて思っても居なかったらし
い。

カップを持つ手が小刻みに震える。

それを何とか押さえながら笑顔を貼りつけ問う。




「なぁ、侑士と付き合っとるんか?」

「…はぁ?」




突然の謙也の質問に跡部は思わず素っ頓狂な声を上げた。

何を言っているのか全く理解出来ない、といった表情だ。

跡部の反応を見て逆に困ったのは謙也だ。



ーてっきり侑士の事やしさっさとモノにしてしもーたかと思ぉたけど…



これは逆にチャンスかもしれない。

まだあの忌々しい従兄弟はこの可愛らしいお姫さんを手に入れていない。

と言う事はまだ自分にも…。

「あ、今の発言は無かった事にしてや」

にっこりと笑って再び相手を見る。

跡部の方は先程の謙也の発言が気になるのか、それでも無理矢理疑問は自分の中に押し込んだ。














「…で、話はそれだけか?そろそろ約束の時間になるんだけどよ」

その後、お互いの事や部活の事などを少しだが話した。

時間にすれば僅か十数分。

けれどもお互いの仲を縮めるには十分だったようだ。

「えー…侑士との約束なんて蹴ってまえばえぇんに」

「そういう訳にもいかねぇだろ」

困ったように良いながら跡部は椅子から立ちあがろうとする。

謙也は窓の外に視線を向けた。

だがそれも跡部が気付かないぐらい一瞬の事で。

ケータイを取りだし何やらメールを打ち始める。

「?…じゃあ俺はそろそろ行くから」

そんな謙也の行動を横目に跡部は立ち上がりながら自分のコーヒー代を伝票の上に置く。

その手を自分の方に引き戻そうとするより早く、謙也の手が跡部の手首を掴んだ。

突然掴まれた手に跡部は目を見張り、謙也を見る。

「ここは俺の奢りや」

立ちあがると謙也は跡部の掌に伝票の上に置かれたお金を戻す。

そして何処か、小さな子が悪戯を思い付いたかのような表情を見せた。

「その代わり…お礼、貰うな?」

「え…」

ぐい、と掴まれた手を引き寄せられた。

そのまま跡部は謙也に引かれ…。






唇に感じる感触。

目を見開けばすぐ目の前には謙也の…。







































「何や…跡部はまだ来とらんみたいやな」

侑士はぼんやりと腕につけて居る時計を眺めた。

待ち合わせ時刻まであと3分。

今日は久しぶりに跡部と出掛ける。

場所は映画館。

まだ付き合っても居ないし、それ以前に告白もしていないのだが侑士にとっては跡部と休日に二人きりで出掛けると
いう事はデートと等しい事だった。

これから二人きりで過ごす時間に思いを馳せ、胸を高鳴らせていた。

その時。

ズボンのポケットに入れていた機械が震える。

緩慢な動作で侑士はそれを取りだし、開く。

そして画面に表示された名前に眉を顰めた。

「…謙也?何やろ」

ボタンを2・3押し、メールを開いた。



『送信者:謙也

  件名:non title

  本文:ユーシー、今すぐ後ろ振り返ってみぃ?』



「は…?後ろって何や……」

今侑士の居るちょうど真後ろは小さなカフェ。

首だけを動かし後ろを振り返る。





「…なっ!?」


そして、そこに見えたのは…。





























どれぐらい、キスされたのかはわからない。

まず、キスをされていると気付いたのも大分時間が経ってからではなかったか。


跡部はゆっくりと離れて行く謙也の顔をただぼーっと見つめ、考えていた。

不快感は、不思議な事に感じられなかった。

どうしてかは、わからないが。

「ごちそーさん」

謙也は満足そうに自分の唇をペロと舐める。

パッと掴まれていた手首が離される。

跡部はそのまま再び椅子へとへたり込んでしまった。

何せ…。

「…あ、もしかしてこういう事初めてやったか?」

無言で見上げるように謙也を睨みつける。

しかしその跡部の顔は真っ赤。

キスのせいか瞳には涙の膜が張っていて…。

「ホンマ、これ以上誘わんで欲しいわ…」

本当はすぐにでもこの可愛らしい人を手に入れてしまいたいが…。






「謙也…っ!!」






カフェに鬼のような形相で侑士が飛び込んできた。

手にはケータイ。

強く握っている為ミシミシと、今にも壊しそうな勢いだ。

「久しぶりやねー、侑士。残念やけど今、のんびり話しとる場合やなさそうやね?」

「当たり前や、ボケ!!跡部に何しとるんや!!」

「何ってキスやん。侑士の方こそボケたんとちゃうん?」

怒鳴り散らしてくる侑士を謙也はヒラリと交わす。

そして再び跡部に向き直ると。

「今度またお茶しよーなぁ…お姫さん?」

手を取り、甲に小さくキス。

「…!」

「け〜ん〜やぁ!!」

「あははッ、じゃあまた会おうなー」


跡部はまた顔を赤くさせ、侑士は今にも殴りかかろうとする勢い。

跡部の反応は可愛いが侑士に殴られては敵わない、とばかりにさっさとコーヒー2杯分のお金を置いてカフェを出る。

そして、そのまま振りかえらずに走り去る。














あの後、二人はどうしたんかなぁ。

侑士は無茶苦茶怒り狂っとるんやろな。

きっと俺と何話したとか色々聞きまくるんや。



人ごみの中。

機嫌よく鼻歌を歌いながら歩く。

ポケットからケータイを取り出しボタンを押す。

アドレス帳の、1番最初の名前。




『跡部景吾』




「アカン…ますます嵌まってもぉたわ」

誰に言うわけでもなくポツリ呟く。

唇にはまだ、柔らかい感触が感じられる。

指で自分の唇をなぞり、端を吊り上げる。








「絶対に手に入れたるで…、跡部」







掌を空に輝く太陽に翳す。


光が零れる。









何故か、その日の風はいつもより清々しく俺を追い越して行った。





















〜終〜



------------------------------------------------------------------------
●あとがき●

結構前から温めていた忍足謙也×跡部景吾です!!
謙跡やってみたかったんですv
そして謙跡をするときは侑士も入れよう!としたらこんなに長くなってしまいました;
…私にとってはかなり長いですよ、この話。
結局この時点では跡部はW忍足のどちらに転ぶかわかりませんね。
…続き、書けたらいいなぁv
というわけで、今マイブームの謙跡でしたw